「がん」カテゴリーアーカイブ

5年生存率の考え方について

私の家内は昨年肺がんを宣告され、その症状からも過去のデータを調べてみると5年生存率はほぼ0パーセントという衝撃的な結果でした。しかし、実際には同じような症状の方々のブログ、そして主治医の先生の話を聞く限りまったく希望を捨てることはありません。こうしたデータは古いものであり、今どんどん開発されている新薬をもってすれば全くかわってきます。主治医の先生はこれからのがんの生存率は飛躍的に上がる、そして家内の病状でもQOLを保ちながらも10年という結果が生まれやすくなると信念をもってこたえてくれました。
これからの新薬として保険行政をも揺るがす夢の薬であるオプジーボやキイルーダといった薬だけではなく、どんどん新たな薬が開発されるでしょう。
実際家内も自分自身は少なくとも10年以上は元気なまま頑張るという信念を持っています。
あとは本人の意思と医学の進歩にかけるだけですが、本当に宣告されたころと比べると大きな希望をもっています。

数年前に乳がんかもしれないと言われた事がありました

現在43歳ですが、私は20代の頃に胸にシコリを見つけて検査を受けた事があります。
その時の検査結果は乳腺症と言って胸に出来る良性のシコリでした。

でも、その後の検診は必要でしたが、そのあと他の持病に掛かりその事で辛くて乳がん検診の事はすっかり忘れていました。

でも、今から6年くらい前に乳房から血液が混じった乳汁が出ていたので、慌てて乳腺専門クリニックに行って診てもらいました。

すると、20代の時に言われた事とは違い医師からの話しは、そのシコリはもしかしたら悪性かもしれないので、すぐにシコリを取り出して生検に出した方がいいと言われて本当にビックリして目の前が真っ白になりました。

がんと聞いただけで怖くなり手術までの間は生きている心地がしないほどの恐怖でした。

手術は日帰りでしたが、とても辛い経験でした。
その後、結果が分かるまで1週間掛かりましたが、毎日ネガティブな事しか考えない日々でした。

でも、検査結果は幸い良性という事で治療などは行う事はありませんが、その後は毎年1回の乳がん検診は欠かさずに行っています。

肺がんで余命宣告された父が余命より長生きできた話

私の父は肺がんで亡くなりました。肺がんが見つかったときは78歳で、ステージは4であと1年くらいだろう、と担当医からは説明を受けました。詳細な検査の結果、肝臓や一部の骨にも転移が見られる状態で、病巣の広がり的にも体力的にも手術は難しいとのことでした。家族で相談した結果、本人に病状の詳細を告知することに。父はさすがに落ち込みましたが、最終的に落ち込んでも寿命がのびるわけではない、残された時間を大切にすることを宣言してくれました。そして本人が副作用による体力の低下を懸念して抗がん剤の治療を拒否。あとは緩和ケアを受けることに加えて民間療法を試し、少しでも残された生活のクオリティを上げたい、ということに治療方針が決まりました。いろいろと私がネットで調べたところ、がんに対抗するにはやはり免疫力の向上が必要であること、そして免疫力の基礎となるのは「体温を下げない、体を温める」ことであるのを知りました。考えてみると父は体の冷えに悩まされていたことに気づきました。そこでそれから常に体の冷えない暖かい服装を守らせ、食事もショウガを使ったものや味噌汁やスープなど体の温まるものを心掛けたり、部屋の温度管理(常時25度)をしっかりと行うことにしました。寝るときの布団も軽くて暖かい高級な羽毛布団を購入。そして何より笑顔が大事との話を先生より伺ったので、とにかく面会のときは笑顔でいるようにしました。そういった効果が少しでもあったのかどうかわかりませんが、父は結果的に余命より一年近く長生きして亡くなりました。がんを克服はできませんでしたが最後までひどい痛みに苦しむようなことはなく、穏やかに過ごすことができよかったと思っています。

子宮頚がん検診について

私は一年に一度くらいずつ子宮頸がん検診を定期的に受診していましたが、子宮頚がんになりました。見つかった時は上皮内がん、手術も受け完治という事で5年程経過しています。その間、最初は3カ月、再発が見られないので医師の判断で半年に1回ずつ検診を受けています。つい1か月ほど前に頚がん検診を受けましたが、少し気になったので頚がんについて調べてみました。検診の時に調べるのは頚がんの好発部位、しかも医師の経験値がものをいうそうです。例えば、医師がこの辺かなと検査した場所の細胞はなんともなくて、検査しなかった場所に異形成やガンがあった場合、気づいた時にはかなり進行していたという事になりかねません。私のがんも異形成中等度程度の時点でなぜ見つからなかったのかと何度も思いました。でもこういったことを知るとガンが早期で見つかる見つからないは運なんだな~と。私の場合は妊娠中に頚がんが見つかったので子供が私を助けてくれたんだと思うようにしています。